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NY ジャパン・ソサエティ「Voice & Piano」

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NYのジャパン・ソサエティにて、2日間にわたってソロ・トリオのコンサートが行われました。ここへは何度も足を踏み入れたことはあっても、オーディエンスの前に立つのは初めてというヤノ氏。「本当にこの場所が好きなの。お客さんと近く感じられるわ」といって披露してくれたのは、ジャパン・ソサエティからのリクエストでもある日本民謡の数々。

「音楽は“ユニバーサル ランゲージ”と言われるけれど、きょうはジャパニーズバイブを感じてね」と語り、出身地である青森の「ホーハイ節」や沖縄民謡「ちんさぐぬ花」、そしてソロの即興で熱唱した「いもむしごろごろ」など、日本人が多かった会場は和やかなムードに包まれました。

MCでは「いもむし ごろごろ ひょうたん ぽっくりこ」を英訳するという難題に挑戦。オーディエンスからもヘルプをもらいながらお馴染みのヤノ流、英語&日本語まじりの「ジャパリングリッシュトーク」を武器に、お客さんとのコミュニケーションも弾けっぱなし。

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トリオで初めて組んだベースのクリスとは「目の合図で息を合わせていた」とあり、3人それぞれの技量がひとつとなって絶妙なバランスを発揮。耳に響くアタック、心に鳴るバイブ、そして体を刺激するスリル。3人が創り上げるパワフルな空間に、会場は絶えず熱気に溢れていました。

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そして、“World Premiere=世界初演”となる新曲3曲を披露。「Song for the Sun」では、ディープな音色でしっとりと大人なメロディーを表現し、またしても新たなパフォーマンスを見せてくれました。心揺さぶられるピアノ演奏で、最後まで盛り上がりを見せてくれたヤノコンサート。新しいアルバムも乞うご期待です!

クリフ・アーモンド(ドラム)

クリフ・アーモンド(ドラム)はカリフォルニア州、サンディエゴ出身者、クラシック音楽の経歴を持つ。母親はピアノ教師、父親は合唱団指揮者である。初期トレーニングの一部としてスズキメソードのバイオリンとピアノを学ぶが、すぐにドラムに惹かれるようになる。両親から初めてのドラムセットを買ってもらうと、多くの時間をレコードに合わせてドラムをたたくことに費やし始め、また、手当たり次第に練習を積み重ねる。

中学3年生でサンディエゴのスクールオブクリエイティブアンドパフォーミングアートに入学し、オーケストラ、ピットオーケストラ、ジャズアンサンブルで演奏をする。比較的早いうちにプロとしての経験を積み始め、すぐに、週3~5日はサンディエゴやロサンゼルスの多くのバンドと共に、ウェディングなどで演奏するようになる。

18歳でカリフォルニア州ハリウッドのパーカッションインスティチュートオブテクノロジー(以下、PIT)に入学し、スティーブ・ホートン、ケイシー・シュレル、ラルフ・ハンフェリー、ジョー・ポカロ、ピーター・アスキンなどの著名人らと勉強を共にする。1年後、PITで代理教師として教え始める。その頃、Chick Coreaのドラマー、デイヴ・ウィックルに見出される。デイヴ・ウィックルはピアニストのマイケル・カミロにアーモンドを推薦した人物である。21歳でライブ活動を始め、後に名声を得るニューヨークシティに移住する。現在もニューヨークに在住し、数々のスタイルやジャンルで活躍している。


クリス・ミン・ドーキー(ベース)

クリス・ミン・ドーキー(ベース)はベトナム人の父とデンマーク人の母のもとに、デンマーク、コペンハーゲンの音楽一家に生まれる。父の触発と教えにより、6歳でピアノを弾き始め、地元のクラシックピアノ大会で幾つかの賞を得る。運命のいたずらか、高校生のときエレキベースを弾き始め、高校卒業後は18歳でジャズの伝統をじかに学ぶことを決意し、ニューヨークシティに移住する。ピアニストのジョーイ・カルデラゾのような意欲に満ちた若者たちとマンハッタンのクラブのスタジオでの仕事やライブ活動を始め、ジョーイ・カルデラゾとは伝説的サクソフォニストのマイケル・ブレッカーとの演奏で後に再会する。1991年、優れたサイドマンとしてだけではなく独創的なソロということの証しに、初めて大ブレイクする。同年、マイク・スタンからバンドに入らないかと声をかけられる。1992年までにインターナショナルジャズシーンでの地位を不動のものにし、ニューヨークでトップベーシストの一人として評判を得る。引く手あまたの中で、少年時代に聴いていたデービット・サンボーン、坂本龍一、マイケル・カミロ、Trilok Gurtu、Bireli Lagreneたちとも共演を果たす。

今日、ドーキーはコンテンポラリーミュージックで最も優れたベーシストの一人として頭角をあらわしている。アップライトベースのマスターとして評価され、また、情熱的な演奏と並外れたテクニックを持つことで名を上げている。ドーキーの音楽のルーツはアメリカ東海岸のグルーヴとスカンジナビアの叙情的な伝統を愛することからきており,独特の音と独自のスタイルを生み出している。

ソロ、そしてサイドマンとしての創造性とダイナミズムの両方を兼ねそろえたまれに見る能力は、世論調査でトップ10ベーシスト、アーティスト・オブ・ザ・イヤーにドーキーを押し上げ、またプラチナレコードの売上をもたらす。並行して自分のバンドでも活動しており、今日のジャズの著名人たちと共演している。ランディー・ブレッカーバンド、マイク・スターン・バンドと共に、2001年に発足したマイケル・ブレッカーカルテットと共演、ツアーを周っている。

今日までに、最も評価されたアルバム"Cinematique"そして最新のエレクトロニカジャズアルバム"The Nomad Diaries"を含む7枚のソロアルバムをリリースしている。他に、兄と共演した2枚のアルバムをリリースしており、またサイドマンとして数え切れないほどのレコーディングに参加している。ドーキーはすばらしい音楽センスを持ち合わせ、ジャズ、ポップアーティストとしてサウンドトラックの参加やプロデューサーとして活躍している。